![これからのこと - あやせの小説 - pixiv](https://i.pximg.net/c/480x960/novel-cover-master/img/2024/02/11/02/56/05/ci21557594_cf903f30dbdd80763dc45f6ac43558ea_master1200.jpg)
ファウンデーションの動向がどうもきな臭い。だからどうか、単独で調査をして貰えないだろうか。
そうアスランに依頼したのはカガリだった。カガリにとってはお願いのつもりだったが、アスランからすればそれは国家元首からの命令に過ぎない。アスランは暫くオーブを離れることになるし、どんな危険があるかもわからない難易度の高い任務だ。けれどアスラン以上に適した人材は今のオーブ軍にはいなかった。そんな未知の任務にアスランを行かせてしまうのは心苦しかったけれど、カガリにとって救いだったのは、任務を受けたアスランの表情がいつもと特段変わらない事だった。わかりましたといつもの調子で頷いたアスランが敬礼をしてカガリの執務室から出ていく。その姿を見送って、廊下を歩くアスランの足音が聞こえなくなってから。カガリ頭を執務机にことんと打ち付けて溜息を吐いた。
「はあ…」
今の自分たちの関係は端的に言えば上司と部下だった。カガリが指輪を外してからというもの、アスランとはその手の話を全くしていない。というよりも忙しすぎてする暇もなかった。実際は忙しさを理由にして目を逸らしていたというのもある。アスランは度々何かを言いたげな目をしてこちらを見ていたけれど、会う機会といえば仕事の時くらいのものだし、そうなると真面目なアスランは仕事に私情を持ち込むような事はしてこない。だからそのままズルズルとここまで来てしまったのだった。
アスランがオーブを発つ日に、珍しく個人回線に連絡が入っていた。内容は簡潔なもので、今から行ってくるという報告とカガリもあまり無理はするなよというアスランらしいお小言だった。自分の方が危険な場所にこれから向かうというのに。ほわりと胸を暖かくする優しさに頬を緩め、カガリも閣議の合間に返信を作成する。
『アスランも十分気をつけて。ちゃんと報告はよこせよ』
今回はアスランだけではなく情報収集能力に長けたメイリンも任務に同行している。見かけはとても愛らしいけれど、カガリも驚くほど彼女のハッキング能力はずば抜けていて流石はかつてのザフト最新鋭戦艦のミネルバに同乗していたクルーの一人である。全体的なバランス能力も高いので、どこか抜けている所があるアスランを上手い事フォローしてくれるに違いない。少しだけチクリと痛んだ胸を押さえ、『あと、あんまりメイリンを困らせるなよ』と最後に一文を付け足してメッセージを送信した。
アスランが出立した翌日の夜から、カガリの元には毎日アスランからの日報が届いた。連絡不精だと思っていたのだけれど、任務だからか生真面目に毎日起こった出来事が詳細に書かれて送られてくる。それにカガリも毎日目を通し、気になることがあれば通信で話すこともあった。
アスランがオーブを出て数日たった頃、カガリは密かにアスランから貰った指輪をネックレスにして首から下げるようになった。アスランが側にいないから彼に見られることもない安心感か、遠くで任務に励むアスランの身の安全を祈る為か、物理的に遠く離れてしまった距離がかつて指輪を送られたあの時を思い出させたからか。カガリにもよくわからなかったけれど、それでも何故か身に付けたくなってしまったのだ。アスランにかつて送ったハウメアを、彼がまだ持っているのかもわからない。それでも。
首長服も首元まで隠れるデザインに変更になったばかりだったので普段から身に付けていても見えないし何もかも丁度良かった。見えない何かに背中を押されるように身に付けた指輪のネックレスはすぐにカガリの肌に馴染んだ。本当はあまり装飾品の類は得意ではない。けれどもこれだけは昔から別だった。
アスランには何も伝えていない。それどころか彼と向き合う事を、忙しさを理由にして逃げている癖に。カガリはふっと自嘲して、胸元の指輪に指先を当てる。固い石の感触がそこにある筈の見えないカガリの心を表すようで、そっと優しく指で撫でた。そこにある筈の想いを辿るように。その先にいる人に触れるように。
「カガリ姉様、最近よくそうしていますよね」
トーヤのその言葉に、え?とカガリは首傾げた。よくそうしている?と言われて、カガリはハッと慌てて手を膝に戻す。気が付かぬうちに考え事をしながら胸元の指輪に触れていたようだった。そんなカガリの反応に、今度はトーヤが首を傾げた。
「そこに何かあるのですか?」
トーヤは歳の割にとても賢いけれど、まだその手の話には疎いところがある。そもそもアスランとカガリの話を知っているのは本当に近しい一部のみだった。トーヤを迎えたのはアスランと今の上司と部下の関係を構築した後だったから彼はまだ何も知らない。それに油断してついついやってしまったとカガリはあははとから笑いをして頭を掻いた。
「いや、なんでもないんだ。その、つい癖でな」
ふんわりと話を誤魔化して安易にこれ以上聞いてくれるなとカガリは眉を下げて苦笑する。賢いトーヤはカガリのこの反応だけである程度察して話を切り上げてくれるだろう。
トーヤは少しだけ何かを考えていたようだけれど、「そうですか」と一つ頷いて次の業務のために資料を抱えて執務室を出ていく。扉を開き、けれど一度立ち止まって。振り返ったトーヤは「その仕草をされる時、姉様はとても優しい顔をしていますよ」と柔らかく笑って、そうして扉をゆっくりと閉めた。
それはどこまで解っていての発言なのだろうか。後進の利発さが末恐ろしく、けれどどこまでも頼もしくも感じながら、後に取り残されたカガリは一人苦笑する。どうしてこう近くにいないときに限って会いたくなるんだろう。行儀が悪いと理解してはいるけれど、カガリは執務机にことんと頭を落とした。
「……アスラン」
小さなつぶやきが静かな部屋に吸い込まれていく。近くにいると何もいえない癖に。アスランがいない時だけはこんなにも素直になる自分の唇が恨めしいと思った。会いたいし、寂しい。そうして心配だった。ちゃんと食事は取れているだろうか。怪我をしていないだろうか。嫌な想いをしていないだろうか。相変わらずアスランからの日報は毎日届いて、特に文面からは危険な様子は読み取れないけれど。
「代表、宜しいでしょうか」
執務室がノックされ、カガリは慌てて机から起き上がり姿勢を正す。一瞬だけ指輪に触れて、ハッと何かを吐き出すように短く息を吐いた。
「ああ、入ってくれ」
そうしてまた、いつものまっすぐな瞳の、皆に望まれるカガリ・ユラ・アスハへと戻るのだ。
劇場版の前にあの二人はロマンティクス絶対やってる。